The あいつプロフィール

「The俺とあいつ」〜
1987年よりジャグ&ブギ−ボックス、ヒップタウンティンカーと20年近く演奏活動を共にしてきた大塚直之と中村雄二の二人が2005年冬より作戦会議を開始、2006年の梅雨にグループネ−ムを伴い本格的に活動開始。ボーカル、ギターとドラムという変則的なセットではあるがザ・バンドなどに代表されるアーシーなサウンドとブルース、ソウル、レゲエなどの様々な要素が絶妙に絡み合ったオリジナルナンバーを中心にエモ−ショナルなステージを展開する


ボーカル、ギター
アントニオ・ザオーレ

通称 大塚直之
ドラム、合いの手
サルバト−レ・アイ−ツ
通称 中村雄二
昭和39年4月8日山口県に生まれる。
12歳の頃に手に入れたクラッシックギターがその後の彼の人生を大きく変える。89年には自らリードウ゛ォーカル、コンポーザーを担当するバンド「ジャグ&ブギ-ボックス」でキティレコード主催の音楽コンテスト「CSPC全国大会」にてグランプリを受賞。東京や箱根のスタジオでのセッション活動を経て92年には地元福岡のくすミュージックのボイスレコードより「ホームメイドスペシャル」でCDデビュー。94年同バンド解散後は再びオリジナルバンド「ヒップタウンティンカー」を結成、ライブハウスJAJAの全面的な協力のもとCD「アイシャルシング」を発表。またソウル、ゴスペルナンバーを中心とした四人組のアカペラグループ「セイムオールドアップステアーズ」でも活動中。現在イムズ9Fの島村ミュージックスクールと城南区のヴォルトスタジオにてボーカル講師としても活躍中。

福岡県出身。高校時代ボーカリストを目指したもののすぐに挫折。その後は左の大塚と長年バンド活動をしてきたのでプロフィールはだいたい左記に同じだ。現在ブルースバンド「R.C.O.B」でご機嫌なロッキンドラムを叩いている。
数々の修羅場を作ってはくぐりぬけてきた
彼の座右の銘は「人生七転び、起きれず!」だ

俺とあいつの事件簿(86年〜2004年)
「俺とあいつ」がもっともはめをはずしてたジャグ&ブギ−ボックス時代のエピソードです

                     86年〜90年

「俺」〜ジャグブギの1stテープのレコーディング中に胃潰瘍になり毎日点滴を受けながら歌う(87年)

「俺とあいつ」生まれて初めてサウナに入るも服を脱ぐポイントを間違えてしまいドリフのコントに出てきた子供のようにフリチンで大勢の人が見ている大画面TVの前を小走りに通りすぎ失笑を買う(88年)

「俺」 当時住んでいたアパートで、ガス、水道、電気のすべてを止められ、家賃滞納により部屋の鍵まで使えなくされローソクを持って小窓から出入りする生活におちいる(88〜89年)

「俺」〜夜寝苦しくて目を覚ますと、部屋が煙に包まれ燃えていた。2回目(88年)

「俺」 平和にあったグリーンヴィレッジでライブ中に演奏を中断してPAに説教。改善がないとみるやライブを途中で切り上げる(88年)

「あいつ」 行徳のギターを車に積んだまま行方不明になる。この頃ゆうじの飲み逃げが多発する(88年)
「あいつ」〜前後不覚になるまで酔っぱらい、倒れこむようにして入った電話ボックスの中で自らのゲロを枕に一夜を明かす。(89年)

「俺とあいつ」〜偶然に同時に同じ会社に就職してしまう。部長からお互いを紹介され、しばらくは社内では他人の振りをする。初日の研修の昼飯の時間から2人でビールを飲むなど世の中をなめた行動が目につく。(89年)

「あいつ」 東京で手に力が入らなくなり、そのうち体中にも力が入らなくなり、ドラムどころか生活もままならなくなり入院。原因不明のまま半年後に完治(90年)

2002年ジャグブギ再結成〜レコーディングにはいって間もなくのこと
「俺」 〜帯状ヘルペスにのたうちまわる。
「あいつ」
〜 車にはねられ病院送り(ちなみにひき逃げ)。
以上のトラブルによってレコーディングが長期延期となる。

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