三小田芳典のページ

2006年5月26日 三小田芳典(さんこだよしのり)永眠。

このページは大塚直之、中村雄二がジャグ&ブギ-ボックスで一緒に夢を見て活動を共にしたべーシスト故三小田芳典の生前の雄姿をしのぶページです。

2003年ジャグブギ再結成時の写真


1990年三小田が珍しくセンターに写っている写真


大塚直之と 中村雄二と 行徳伸彦と


一緒にジャグブギをしてた頃は週に3回スタジオに入り、その度に飲みに行き、別途に週末には夕方からみんなで集まり朝まで飲み明かしてました。酔っ払って帰れなくなると三ちゃんと雄二はガスも通ってない俺の部屋のコタツで文句を言いながら寝てました。ちょっぴりアホな家族のような関係でした。雄二や俺が病気をした時も誰よりも心配して、うっとうしいくらい面倒をみてくれました。今度は俺たちが面倒みてやらなくちゃいけなかったのに寂しい思いをさせてしまって本当にごめんなさい。リーダーだった俺が今してやれるのは三小田芳典というアホやけど思いやりのあるベース弾きがいたことを後世に伝えてゆくことくらいです。 三ちゃん、これに懲りず天国でまたバンドやろうな!
大塚直之(元ジャグ&ブギ-ボックス、現 the俺とあいつ、セイムオールドアップステアーズ ボーカル)


晩年は会うとケンカばかりしてましたが亡くなるとこんなに淋しくなるとは思いもしませんでした 5月25日に僕に電話をかけたのが最後の発信履歴だったそうで 最後も口論になってしまったのが心残りです「何十年先になるかわからんけどまた一緒に飲もう 今度こそ朝まで付き合うけん それまで天国で嫌われ者になるなよ!」さよなら  
行徳伸彦(元ジャグ&ブギ-ボックス、現行徳伸彦と彼のコメッツ ギター、ボーカル)

決して「想定外」ではなかった。無かったが故に悔やまれる。「どうしようもない」という思いと「何もしてやれなかった」というより「何もしなかった」事実が俺の中に残る 「しまえとう」 「ボロボロ」 「道で寝とった」。そんな話ばかり耳に入ってくる中ちょくちょく電話はあった。 「どげんしようと?」「飲みに行こうや」行けなかったり、行かなかったりした。 器用ではないが重く安定感のあるベースを弾いていた記憶がある。スケベで酒飲みで笑える話が山ほどある男だった。気が合わないはずもなく幾つものステージを共にした。 今年の5月14日に久々にヤツと会った。イベントでのライブを見に来てくれた。二人で写真を撮り、飲みに行った。体は薄く目はうつろ…、正直愕然とした。色々な話をしたが解ってるのかどうかという感じだった。日常生活もままならないように思え、実家に帰ることを進めた。これがヤツとの最期の夜だった。 淋しい通夜だった。写真一枚なかった。今さらだろうが悔しくて泣いた。最悪の結末。 たぶん俺が最後の飲み相手だったと思える。うれしく思う。
バイバイ三ちゃん。
中村雄二(元ジャグ&ブギ-ボックス、現the俺とあいつ、R.C.O.B ドラマー)

三小田!ありがとう!そして、ごめん!
加藤哲生(元ジャグ&ブギ-ボックス キーボーディスト)                                             
     
しばらく会ってなくて久しぶりの連絡がこれ。最後まで馬鹿やな〜。一生忘れないよ
藤 啓一郎(中村雄二が病に倒れた時一年にわたりジャグ&ブギ-ボックスを支えてくれたドラマー)


春吉夜市で、元気なかったけど会えてよかった・・・
ジャスティン小川(セイム・オールド・アップステアーズ、JUSTINe & the nite trippers ボーカリスト)


サンちゃんと海ノ中道でチェックベリーを見た。太陽の下で寝そべってとても気持ちよさそうだった。あの時のサンちゃんの笑顔を忘れません。天国で幸せに!いつかまた会おう。
エキサイティング只松(ハーレムシャッフル ボーカル)


行ちゃんから連絡あってビックリしました。ご冥福祈ります。
和田ちゃん(福岡在住時にはかかさずジャグブギを見にきていた。メンバーよりも貴重な音源を持っている)


11日の夜に聞き、死を悼んでいます。そしてずっと考えてます。最期に何を思ったのか、何か伝えたかったな、とか。近い間柄ではなかったけど、やつれた姿を話でしか知らないおれは、赤ら顔で笑う三小田さんの姿を思い出し、偲びます。
ハリケーン湯川こと湯川タケシ(R.C.O.B、マジックロッカーズ、ギター&ボーカル)


 言葉が見つからない感じです。長いこと会ってなかったので、昔の姿しか思い浮かびません。天国でスケベな話をしながら大笑いしてください。
上田勝彦(ハーレムシャッフル ベース)


篤くんからあまりに悲しすぎる訃報をいただきました。ライブでのお姿しか存じ上げないのですが、皆さん方の記事を拝読し、三小田さんは仲間思いのお優しい方だったのだなあと思いました。皆さんが棺を担ぎ、お見送りになったと伺い、最期は三小田さんが淋しがらずにすんでよかったなあと思いました。「メリケンカウボーイ」を聴きながら心の中で静かに花を手向けたいと思います。
篤君の義理の妹


最初で最後になってしまいましたが偶然とは言え二人で一緒に飲めた事嬉しく思います。その際、ベースを弾きに一緒に行くと約束したナマズのセッションはもうすぐです。バンドをやりたいと言う三小田さんのとっかかりになればと思ったのですが無念です。三小田さんしか出せないあのベースのトーンは結局オレには出せませんでしたが三小田さんの後釜としてジャグブギに入れたこと誇りに思います。
八木 創(元ジャグ&ブギ-ボックスべーシスト、R.C.O.B べーシスト)


あいつがいなくなった寂しさは、これからジワジワ湧いてくるんだろうな。又泣かなきゃいけんのか。辛いね。
西原ヒロシ(元バックドア-マン ボーカル)

一週間前。チャイムがなり玄関を開けると行ちゃんだった。そして思いがけない言葉「三小田が亡くなった、、」と。 色々書き留めたい思い出はあるが今は止めておく。ただその夜は雄二と飲みつづけ故人を偲んだ。 さんちゃん。しばらくの、じゃーね!やね。さんちゃんの優しい笑顔を忘れません。
森下俊剛 (R.C.O.B ボーカル&ハープ)


土曜日の昼下がり電話が鳴った。
行徳からだった・・・。
”三小田が・・・”いやな予感が的中した。 40代そこそこの若い奴が俺達より先に旅立つのはとても辛いし 悔しい思い出一杯だ。
なんでそんなに死に急ぐのか・・・
誰もが毎日をどうにか乗り越えて生きているのに・・・自分をそんなに責めてどうする 三小田!
何の為のお前の友達だ、素直に自分の悩みをもっとぶち空けなかったのか悔やまれてしかたがない。
お前とは本当にあんまり話した事はなかったけど 昔から街の何処かで偶然よくすれ違ったものだ・・・
今年の俺達のLIVEの時もひょっこり楽屋に顔をだしてくれたね。
それも”シド・ビシャス”のTシャツを着て・・・お前は”リック・ダンゴ”を尊敬してたんじゃなかったか?!!
JUG BOOGIEのメンバ−ほど親密じゃなかったけど お前のこの2〜3年の精神状態は俺自体がお前と同じ病気を抱える者として 心の奥で心配しとったとじぇ!
お前の分まで たぶん大塚 行徳
中村が頑張っていくと思う。
安らかに天国で休養して 落ち着いたらBASSの練習でも精をだしやい。
三小田! たまにはステ−ジの影で俺達の演奏に文句の1つでも吐き捨ててやってくれ
善次郎 (ジャグ&ブギ-ボックスを裏通りから表通りに引きずり出してくれた日本を代表するロックンローラー。)



ご冥福を祈ります


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